プロフィール

《松尾 秀人》

 

自らのうつ病体験と回復支援の経験を活かし

うつ病の患者と家族の回復情報の交流会や電話相談などで

患者と家族を支援

 

こころの健康アドバイザー

うつ病回復コーディネーター

男性相談アドバイザー

中央労働災害防止協会認定 心理相談員

NPO法人 関西心理相談員会会員

国・地方公共団体の男性電話相談相談員としての経験あり

 

大阪府枚方市 在住

福岡県みやま市(旧三池郡)高田町出身

闘病経験 : 50歳でうつ病発症、 以来6年間で3回休職、 延べ休職期間26か月

 

・実の姉二人を老々介護(大阪から九州へ) 長姉は双極性障害 次姉は統合失調症 

・福岡県立三池高校 大分大学経済学部出身

・C型肝炎キャリア:大阪肝臓友の会会員

 

パソコン資格・・「マイクロソフト オフィススペシャリスト」=エクセル=

 


広報ひらかた平成24年1月号 P46より

 

うつ病回復コーディネーターの松尾秀人氏

 

 「疲れた、少し休みたい…」。働き盛りの50 歳の時、うつ病と診断された。

企業に勤めている時だった。

原因は周囲の期待感から起こる仕事のプレッシャー。

通勤中の腹痛や発熱に始まり、書類に印鑑を押すことすら困難に。

 

 6年間で3回、計26 カ月休職した。「骨折したら痛いし、治療しなければと思いますよね。

でも、うつ病は思考力や決断力が極端に落ち、何をどうすればいいのかそれさえ分からなくなるんです」。

全国の推定患者数600 万人といわれるうつ病。

人により症状は異なるが、その多くはひどく気持ちが落ち込み、外出できない。

家にいても音楽や本に触れることすら面倒に。

通院しても休職しても簡単に治らないことも多い。

 

 最初の数年間は何も考えられず毎日寝てばかりの生活が続いた。

「そんな私でしたが、妻は責めることはしませんでした」。

ただ一度、家で寝込んでいた時「これからどうしたらいいの…」という妻と娘の会話が聞こえた。

つらかったが、「このままではダメだ」と立ち直るきっかけにもなった。

きちょうめん過ぎる性格は変えられないが、「まあいいか」と開き直って考えられるようになり、

気持ちが随分楽になった。

6年間の闘病を経て無事復職。

 

 定年退職を機に「これからは同じように苦しんでいる人を支援しよう」と決意した。

医者だけでは限界があり、回復には家族や周りの協力が欠かせない。

「闘病中は回復に向けたさまざまな選択肢をつくることが大切」と、うつ病でもできる料理教室や就職活動を

支援するセミナーなど、自らの経験をもとに支援の幅を広げている。

 

 菅原生涯学習市民センターで毎月開かれる「うつ病情報交流会」には6 年前からコーディネーターとして関わり、

20 人ほどの患者や家族と一緒に悩みを共有し、情報交換している。

心理相談員の資格を生かした無料の電話相談では深夜、「死にたい」と話す患者を1時間以上説得することもある。

共感しながらも、相手の気持ちに入り過ぎず、客観的なアドバイスを心掛けている。

「私の言葉が患者の背中をそっと押し、回復へのきっかけになればうれしい」。

 

 地道な活動が認められ、昨年10月、内閣府から

=年齢にとらわれず生き生きと生活する「エイジレス・ライフ実践者」=

全国60 人の一人に選ばれた。

「うつ病回復コーディネーターを増やして交流の場を全国に広めたい。

未来と自分は変えられます」。

回復へのキーワードを信じて、今日も活動を続ける。

 

プロフィール/自らのうつ病体験を生かし、菅原生涯学習市民センターのうつ病情報交流会や電話相談などで

患者と家族を支援する。

 

藤阪西町在住。